津田梅子のお札|新五千円札の発行日と安全な見分け方 室町時代 2024年7月3日、新しい五千円札として津田梅子のお札が世の中に出た。同じ日に一万円と千円も新しくなり、街の現金の景色が変わり始めた。およそ20年ぶりの改刷で、券面の雰囲気が一気に新しくなった。見た目だけでなく、偽造を防 […] 続きを読む
足利義満の貿易が動かした日明交流と勘合貿易 室町時代 室町幕府三代将軍の足利義満は、明との関係を立て直し、海を渡る取引を幕府主導の「公の道」にのせた人物だ。将軍の権威を対外にも示し、日明貿易の基盤を固めた。後に勘合貿易とも呼ばれる。 背景には倭寇への警戒と、明が行った海上統 […] 続きを読む
足利義満の文化を読み解く|北山文化と室町芸能 室町時代 金箔の楼閣が池に映る景色、能の張りつめた所作、禅寺に集まった漢詩や書。こうした室町の洗練は、三代将軍足利義満の時代に一気に形を整え、北山文化と呼ばれる流れを生んだ。華やかさの裏に、秩序と教養がある。 義満は武家の棟梁であ […] 続きを読む
足利義満と金閣寺を読み解く|北山殿の歴史と魅力 室町時代 金閣寺は、金色に輝く建物だけを指す名ではない。京都・北山にある臨済宗の寺、鹿苑寺の通称で、義満が営んだ別邸・北山殿から始まった。義満の死後、寺に改められた。北山殿という呼び名が、起点になる。 義満は武家の頂点に立ちながら […] 続きを読む
足利義満は何をした人?|南北朝統一と北山文化 室町時代 金閣寺を思い浮かべる人は多い。だが足利義満の仕事は、きらびやかな建物だけではない。内乱の終わり方を決め、武家と朝廷の距離を変え、文化の流れまで作った。室町前半の主役だ。 義満は1358年に生まれ、若くして将軍となった。守 […] 続きを読む
足利義政は何をした人か応仁の乱と東山文化 室町時代 足利義政は室町幕府の八代将軍で、政治の混乱と文化の開花が同時に語られる人物だ。将軍なのに戦乱を止められなかった、という印象が先に立ちやすい。 一方で、京都・東山に築いた山荘が、のちに銀閣で知られる慈照寺へつながり、東山文 […] 続きを読む
足利義政の妻・日野富子の人生と政治力 室町時代 室町幕府八代将軍・足利義政の妻として名が挙がるのが日野富子だ。将軍の正室である御台所として、朝廷と将軍家の間に立つ重い役目を負った。公家の名門に生まれた教養も、その立場を支えた。 一方で富子は、応仁の乱を呼んだ悪女として […] 続きを読む
足利義政と銀閣寺に宿る東山文化と庭園美 室町時代 銀閣寺は正式には慈照寺で、室町幕府八代将軍・足利義政が東山に営んだ山荘「東山殿」を起点に生まれた寺である。文明14年(1482)ごろ造営に着手したとされ、義政の法号にちなみ没後に寺号が定まった。 義政の時代、都は応仁・文 […] 続きを読む
足利義政は何代目かを整理する室町将軍の系譜と背景 室町時代 足利義政は何代目か、と聞かれると答えは一つに見える。ところが史料や本によって数字が違うように書かれ、戸惑う人が多い。数字の違いは誤りとは限らない。結論だけ暗記すると混乱する。 室町幕府の征夷大将軍を初代足利尊氏から数える […] 続きを読む
山名宗全とは何者か|応仁の乱の全貌 室町時代 山名宗全は室町後期の守護大名で、俗名を山名持豊という。山名氏は新田氏につながる一族とされ、持豊は但馬の出石を根拠に、各地の守護職を兼ねて発言力を増した。嘉吉の乱での動きも、台頭の一因とされる。 持豊は出家後に宗全と名乗り […] 続きを読む
北条氏綱の生涯と領国運営 北条改姓と関東進出の全体像を追う 室町時代 北条氏綱は後北条氏の二代当主として、戦だけでなく治め方でも存在感を示した人物だ。 小田原を軸に勢力を広げ、武蔵国へ踏み出し、関東の争いの中心へ近づいていく。 一方で、北条へ改姓した理由や、江戸周辺の合戦の細部には見方の違 […] 続きを読む
北条氏康の生涯と戦略、領国経営がわかる完全決定版 室町時代 北条氏康は、戦国期の関東で小田原を本拠に勢力を伸ばした後北条氏の三代当主だ。父の氏綱から家督を継ぎ、相模・伊豆を固めつつ、武蔵や上野へと影響力を広げていった。北条早雲から続く勢いを次の段階へ進めた。家臣団も厚い。 氏康の […] 続きを読む
今川了俊の生涯と九州経営|歌と難太平記の歴史的意義を読む 室町時代 今川了俊は南北朝から室町前期に活躍した武将で、歌人としても名が知られる人物だ。俗名は今川貞世で、将軍足利義詮の死去を機に剃髪し、了俊と称したと伝わる。武門と文芸の両方で足跡を残した点が特色である。 室町幕府の命で九州探題 […] 続きを読む
二条良基の生涯と功績:連歌を大成した関白の文化史 室町時代 二条良基は南北朝時代の公家で、北朝の摂政・関白として政務の中心を担った人物だ。政治の混乱が続くなかで朝廷の儀礼と官職の秩序を守り、権威の形を保つ役割を果たした。 一方で文学にも深く関わり、和歌や連歌の世界で大きな足跡を残 […] 続きを読む
上杉憲実が背負った関東の岐路 室町時代 室町時代の関東は、鎌倉を中心に独自の政治が動きつつ、京都の将軍権威とも結びつく複雑な世界だった。 その中心で要となったのが関東管領である。上杉憲実はその重職に就き、調停と軍事の両面で関東を支えた。 一方で、鎌倉公方足利持 […] 続きを読む
一休宗純とは何者か破天荒の禅僧が残した言葉と室町社会の真実 室町時代 一休宗純は室町時代に生きた臨済宗の禅僧だ。生没年は1394〜1481年とされ、大徳寺派の流れに立つ。とんち話の主人公としても有名だが、実像は詩と書で時代を挑発した表現者でもある。 出生には後小松天皇の皇子とする説などがあ […] 続きを読む
太田道灌と山吹の逸話から見える和歌と江戸城の由緒を辿る道 室町時代 太田道灌と山吹は、武将の逸話と和歌が結びついた象徴として語り継がれてきた。雨の中で蓑を乞う道灌と、山吹一枝を差し出す娘の場面は、短いのに強い余韻を残す。物語や絵、語り物としても親しまれてきた。 この話は同時代の記録で細部 […] 続きを読む
太田道灌とは何者か|江戸城を築いた知将の実像が分かる入門 室町時代 太田道灌(1432~1486)は室町時代後期に関東で活躍した武将で、扇谷上杉氏の家臣として江戸城を築いた人物として語られる。主君上杉定正を支える実務の要でもあった。 江戸城は1456年頃に着手し1457年頃に一応の完成を […] 続きを読む
太田道灌と江戸城が生んだ江戸の基礎をやさしく解説する歴史入門 室町時代 太田道灌は「江戸城を築いた人」として有名だ。だが道灌の価値は築城の一点だけではない。乱世の関東で、土地と人を動かす仕組みを作った実務者でもある。江戸城はその力が形になった舞台だ。 十五世紀の江戸は、湿地と台地が入り組む小 […] 続きを読む
足利尊氏は何した人?室町幕府を開いた決断と実像をやさしく整理 室町時代 足利尊氏は、鎌倉幕府の崩壊から南北朝の動乱へと続く激しい時代の中心にいた武将だ。後醍醐天皇の政権に協力した時期も、対立した時期もあり、味方と敵が入れ替わる展開が多い。のちに京都で征夷大将軍となり、新たな政権の土台を築いた […] 続きを読む