西郷隆盛の犬

「西郷隆盛の犬」と聞くと、多くの人が上野公園の西郷隆盛像の横にいる犬を思い浮かべるはずだ。ところが、あの犬は「ツン」なのか、そもそも散歩なのか、犬種は柴犬なのか……調べるほど話が枝分かれして混乱しやすいテーマでもある。

そこでこの記事では、上野像の犬(造形物)と、西郷が実際に飼っていた愛犬ツン(史実)を切り分け、薩摩犬の特徴、語られがちな逸話、そして現地で確かめられる関連スポットまで、史実/伝承の線引きをしながらまとめていく。

読み終える頃には「結局、誰の何の犬なのか」が一枚の地図みたいに整理できるはずだ。

西郷隆盛の犬は「誰の何」なのか(ツン/像の犬の整理)

まず結論(断定しきれないポイント)

先に混乱ポイントだけ最短でまとめる。

  • 上野の西郷像の犬は、公園の案内では「ツン」と紹介される。
  • 一方で、制作時のモデル犬については「仁礼景範の飼い犬(桜島産の薩摩犬)を使った」とする図書館調査がある。
  • つまり「像の犬=ツン(その個体)」と断定しきれない。像は“ツンという物語”を背負った犬、と理解するとズレが少ない。
  • さらに、ツンの性別(オス/メス)も資料・紹介文で揺れがあるため、ここは断定を避けて整理する(後述)。

この記事で扱う範囲(像・愛犬・犬種・逸話・ゆかりの地)

本稿は次の5つを混ぜずに語る。

  • 上野公園の西郷隆盛像の犬(彫刻としての犬)
  • 西郷が飼っていた「ツン」(史実としての愛犬)
  • 犬種としての薩摩犬(特徴と現状)
  • 犬好き逸話(どこまでが確実か)
  • 現地で見られる関連スポット(上野/藤川天神など)

上野の西郷隆盛像は「犬の散歩」ではない(兎狩りの姿)

上野の西郷像は、ぱっと見「犬と散歩」っぽい。でも解説では、実は兎狩りに出かける姿で、腰に兎罠があるとされる。つまり、犬は愛玩犬というより猟の相棒として置かれている、という読みが自然になる。

なぜ上野像に犬がいるのか(狩猟の相棒・山歩き)

犬連れにした理由は、「庶民に親しまれる姿」と「狩猟(兎狩り)の相棒」を同時に表現できるからだ、と説明されることが多い。兎狩りの文脈で語られている点は重要で、像の犬が“ただの飾り”ではないことが見えてくる。

像の犬は誰がモデルか(ツン説/サワ説/別説)

ここが一番ややこしい。事実として押さえたいのは次。

  • 上野恩賜公園の公式案内では、犬は「ツン」、犬の彫刻(刻み)は後藤貞行とされる。
  • 一方、図書館調査では「西郷の犬ツンが直接のモデルではなく、仁礼景範の飼い犬(桜島産薩摩犬)がモデル」と整理されている。

結論としては、観光案内としては「ツン」で通っているが、制作上の“実モデル犬”は別犬だった可能性が高い、という二層構造で理解するのが安全だ。

像の犬の性別が語られる理由(ツンとの違い)

上野像の犬は、造形を見るとオスとして作られていると受け取られやすい。一方で、藤川天神のツン像は観光案内で「雌犬」と説明される。この“性別のズレ”が、像の犬=ツン断定を難しくし、モデル犬探し(仁礼景範の犬説など)に話が流れていく理由になっている。

像が現在の服装・姿になった背景

解説では、当初は陸軍大将の盛装(軍服)案があったが、反対があり今の姿になったとされる。また、上野に建った経緯も「皇居近くを望んだが反感が強く、上野戦争ゆかりの地として上野が選ばれた」という説明がある。

除幕の場で妻・糸子が「うちの人はこんな人ではなかった」と漏らした、という逸話も広く紹介されるが、これは“有名な話として伝わる”枠で受け止めるのがよい。

西郷隆盛の犬と薩摩犬(犬種・特徴・性格・関係性)

愛犬「ツン」とは何か(名前・立ち位置)

鹿児島・薩摩川内市の藤川天神(菅原神社)には「西郷隆盛愛犬ツンの銅像」があり、案内では、狩りの名犬だった薩摩犬ツン(雌犬)を前田善兵衛が西郷に贈った、とされる。ここは“ツンの物語”の中心地なので、上野の像だけで考えるより整理が早い。

ツンと狩り(兎狩りの相棒としての側面)

上野像が兎狩り姿として説明される以上、「西郷隆盛の犬」は“狩りの相棒”として語られるのが筋だ。藤川天神側のツンも「狩りの名犬」とされており、ペットというより実用と相棒感が強い。

薩摩犬の概要(地域性・猟犬としての役割)

薩摩犬は、薩摩(鹿児島)で猟犬として活躍した犬で、忠実さや機敏さが語られる。西郷の犬好きや狩りの話とセットで出てくるのは、この背景があるからだ。

薩摩犬の外見的特徴(耳・尾など)

特徴としてよく挙げられるのは、立ち耳(小さめの三角耳)や、差し尾(まっすぐ伸びる尾)などで、毛色も胡麻(黒胡麻)系が語られる。藤川天神のツン像紹介でも「立ち耳」「左尾(左に向いた尾)」が説明されている。

薩摩犬の性格・気質

資料紹介では「忠実」「機敏」など、猟犬らしい気質が強調される。現代の“飼いやすさランキング”で語られる犬とは別物で、「働く犬」として理解した方がしっくりくる。

薩摩犬の現状(純血が見られなくなった経緯・保存/復元の話題)

薩摩犬は、純粋な犬種としては一度いなくなった(消えた)とされ、復元・保存の動きも報じられてきた。「絶滅/復元」と言い切るかどうかは文脈次第なので、ここは「純血の確保が難しく、保存の話題が続いている」と押さえるのが現実的だ。

西郷隆盛の犬にまつわる逸話と訪ね方(健康説・多頭飼い・スポット・FAQ)

西郷隆盛はどれほど犬好きだったのか(多頭飼い・相棒観)

「ツンだけ」ではなく、多いときは10匹以上飼っていた、という紹介がある。また、指宿の紹介では、鰻温泉に13匹の犬と滞在し、犬名も複数記録されているとされる。

犬の名付け(見た目由来など)

名前はシロ、クロ、カヤなど、見た目由来の短い呼び名が紹介される。狩りで呼び戻すなら、短くて通る名前が強い。ここは妙に納得感がある。

犬を飼う目的(狩り・生活・相棒)

犬は狩りで役立てられた、という説明が観光側でもよく出てくる。「西郷隆盛の犬」は、愛玩というより“狩りと暮らしの相棒”として語られやすい。

犬の調教や狩りの運用(語られる話)

調教に苦労した、指南役がいた、といった紹介もある。つまり、西郷は“かわいがるだけ”ではなく、実戦(狩り)で使う前提で犬と向き合っていた像が浮かぶ。

西南戦争と犬(伝承として語られる話)

西南戦争前後のツンの最期は、食を断った/行方不明になった、など話が割れる。ここは美談として整えられやすい領域なので、断定より「伝承が複数ある」として距離を取るのが無難だ。

食事や扱い(人間の食事を与えた等の伝承)

鰻を犬に与え、自分はタレ飯を食べた、などの有名な逸話は多くの記事で語られる。ただ、一次史料で固めにくいものも混じるので、「犬好きの象徴として語られる話」として楽しむのがちょうどいい。

健康・温泉・旅と犬のつながり(運動・山歩き・狩猟)

西郷と温泉・狩り・犬がセットで語られる地域もある。また、西郷の陰嚢水腫(scrotal swelling)とフィラリア症の関連が医学史の文脈で論じられている研究もある。

なので「健康のために歩いた(狩りに出た)」系の話は、完全な作り話とも言い切れないが、個別の症状や医師名まで断定するのは慎重にしたい。

ツンの銅像と関連スポット(藤川天神など)

現地で「西郷隆盛の犬」を体感するなら、まずはこの2点が鉄板だ。

  • 上野恩賜公園:西郷像と犬(ツン表記の案内あり)
  • 藤川天神(薩摩川内市):西郷隆盛愛犬ツンの銅像(建立経緯・特徴の説明あり)

史実と逸話の線引き(確実情報/伝承の整理)

確実寄りに言えるのは「上野像の犬が重要なモチーフであること」「犬=兎狩り(猟)の文脈があること」「ツンという名が各地で語られること」まで。その先(像の犬がツン個体か、ツンの最期、性別の一本化など)は資料の揺れが残るので、断定しないのが結局いちばん強い。

よくある質問(ツンで確定?・柴犬なの?・なぜ犬?・ツン像はどこ?)

  • 上野像の犬は「ツン」と案内される一方、制作モデル犬は別犬(仁礼景範の犬)とする整理もある
  • 上野像は「犬の散歩」ではなく、兎狩りに出かける姿として説明される
  • 犬がいる理由は、猟の相棒と、親しみやすい西郷像の両方を表せるから
  • 犬の彫刻は後藤貞行、人物像は高村光雲と案内される
  • ツンの中心地は藤川天神で、ツンの銅像がある
  • 藤川天神の紹介ではツンは雌犬とされ、性別の話題が混乱ポイントになりやすい
  • 薩摩犬は立ち耳・尾の特徴などが語られ、猟犬としての性格が強調される
  • 薩摩犬は純血維持が難しく、消えた後に復元・保存の話題も続いている
  • 西郷は多頭飼いの紹介があり、犬名も複数記録されたとされる
  • 逸話は面白いが、史実と伝承が混ざりやすいので「確実ライン」を意識すると迷わない