結論:野口英世記念館は、生家と遺品で英世の原点をたどれる福島県の登録博物館第1号
野口英世記念館は、福島県耶麻郡猪苗代町にある、細菌学者・野口英世の記念博物館です。1939年(昭和14年)5月21日に開館し、福島県の登録博物館第1号とされています。
敷地には、英世が幼い頃に左手へ大火傷を負った囲炉裏のある生家が残り、1823年に建てられたこの家は2019年に登録有形文化財に登録されました。展示室には、英世の死後にアメリカの妻メリーら遺族や関係者から提供された遺品や資料が並びます。
この記事では、記念館がどう生まれたか、何を見られるか、行き方・時間・料金をどう確かめればよいかを、Wikipediaと記念館の公式サイトにある事実だけで整理します。料金や休館日は変わることがあるので、出かける前に公式サイトで最新の案内を見てください。
基本情報
- 名称:野口英世記念館(運営は公益財団法人・野口英世記念会)
- 所在地:福島県耶麻郡猪苗代町大字三ツ和字前田81
- 開館:1939年(昭和14年)5月21日
- 位置づけ:福島県の登録博物館第1号
- 生家:1823年建築、2019年に登録有形文化財に登録
- 人物:野口英世(1876年11月9日生まれ、1928年(昭和3年)5月21日、西アフリカのアクラで死去)
- 見学の所要時間の目安:約40分(Wikipediaの記述)
野口英世記念館の歴史と見どころ:生家・母の手紙・ロボット展示
記念館ができるまでの歩み
英世は1928年5月21日、黄熱病の研究のために滞在していた西アフリカのアクラで、51歳で亡くなりました。その10年後の1938年に、文部大臣から財団法人の設立が許可され、翌1939年に記念館が開館しています。開館日の5月21日は、英世の命日と同じ日付です。
展示室の資料は、英世の死後に、アメリカで暮らしていた妻メリーをはじめとする遺族や関係者から提供された遺品が中心になっています。
その後の主な節目は、Wikipediaによると次のとおりです。
- 2009年3月:英世を模したロボットの展示を開始
- 2015年4月:展示室を増築し、展示を全面リニューアル。グッドデザイン賞を受賞
- 2019年:生家が登録有形文化財に登録
公式サイトのニュースには、2026年3月16日から「野口英世記念感染症ミュージアム」が開館したとあります。後述の料金表にある「感染症ミュージアム」は、この施設のことです。
生家と囲炉裏:火傷が医学を志すきっかけになった
生家は、英世の幼少期の姿を残しています。見学できる囲炉裏は、英世が左手に大火傷を負った場所です。
Wikipedia(野口英世)によると、英世は1歳ごろに囲炉裏に落ち、左手に大火傷を負いました。
転機は1892年です。手のことを書いた英世の作文をきっかけに、同級生や教師が資金を集めて手術を受けさせました。会津若松の医師・渡部鼎が手術をしました。公式サイトによると、英世は左手の手術を通して医学の力を実感し、医学の道を志しました。1893年3月からは、渡部の経営する会陽医院に書生として住み込み、医学の基礎を学び始めました。
手術の費用を同級生や教師が集めたという話は、記念館の展示を見るうえで押さえておきたい背景です。囲炉裏は、火傷の現場であると同時に、英世が医学へ向かう出発点でもあります。
母シカの手紙
公式サイトによると、記念館には、英世が受け取った母シカからの手紙が展示されています。英世に宛てた母の手紙で現存するのは、この1通だけだと紹介されています。母は慣れない文字で思いを綴ったとあります。
Wikipedia(野口英世)によれば、シカは農業のかたわら産婆の仕事もしていました。1899年に産婆の免許が必須になったとき、シカは読み書きができませんでした。そこでお寺の僧侶から読み書きを習い、試験に合格したとされます。手紙には方言や標準的でない表記がみられると書かれており、残っている手紙は1912年のものです。
手紙の文面そのものは、ここでは引用しません。記念館で原本を見て、字の様子を確かめるのがよいでしょう。
ロボット展示と体験型の展示
記念館には、英世を模したロボットの展示があります。Wikipediaによると、展示が始まったのは2009年3月です。
公式サイトには、タッチパネルや映像、ゲームを通じて細菌の世界を学べる「体験!バクテリウム」という展示が紹介されています。休暇中の英世が別荘で過ごしたときの趣味の紹介として、英世が描いた妻の肖像画も展示されています。
敷地内には、ほかにも次の3つがあります。
- 誕生地の碑:英世の遺髪が納められている
- 忍耐の碑:英世の格言が刻まれている
- 観音堂:母シカが信仰した観音にちなむ
野口英世の人生をめぐる「よくある誤解」と、わかっていること
黄熱病の病原体についての評価
英世は1918年、ロックフェラー財団に派遣されてエクアドルへ行き、黄熱病の病原体を探しました。そこで、スピロヘータの一種(レプトスピラ)が病原体だと主張し、ワクチンも作っています。
ただし、Wikipediaには、この主張は後の研究で否定されたと書かれています。英世は1927年11月に当時のゴールドコーストへ渡り、アクラの研究室で研究を進めました。
英世が黄熱病の病原体を突き止めたとされた主張は、後に否定されています。一方で、命をかけて現地で研究を続けたことは事実として伝えられています。
最期の経緯
Wikipediaによると、英世は1928年1月に、軽い黄熱病と思われる症状で一時入院しました。このときは、別の医師がアメーバ赤痢と診断したとも書かれています。5月13日に黄熱病と診断されてアクラのリッジ病院に入院し、5月21日に亡くなりました。
見舞いに来たヤング博士に「君は大丈夫か?」と尋ねたあと、「どうも私には分からない」と述べた言葉が、最後の言葉とされています。英世を現地で支えた研究者ウィリアム・A・ヤングも、同月29日に黄熱病で亡くなっています。
1928年6月15日、アメリカ・ニューヨークのウッドローン墓地に埋葬されました。ロックフェラー研究所は半旗を掲げ、ニューヨークの新聞は社説で死を悼んだと記されています。
渡米までの支えた人々
英世の歩みは、周囲の支えと切り離せません。猪苗代高等小学校の教頭だった小林栄は、英世の優秀さを認めて入学を計らい、学費を援助しました。6歳年長で高山高等歯科医学院の講師だった血脇守之助は、のちに学費や留学資金を工面し続けた支援者です。
1900年12月、英世は斉藤ます子との婚約の持参金などを渡航費に充てて渡米しました。北里柴三郎の紹介状を持ち、ペンシルベニア大学のサイモン・フレクスナーの研究チームに入り、ヘビ毒の研究をしました。1904年からは、ロックフェラー医学研究所で長く研究を続けています。
ゆかりの地と関連する人物
記念館の周辺と、英世ゆかりの場所
- 野口英世記念館(猪苗代町):生家、遺品、母の手紙、ロボット展示。Wikipediaには、英世の胸像が記念館に設置されているとも書かれています
- 會津壹番館(会津若松市):野口英世青春館を併設している
- 上野公園(東京):英世の像がある
- ウッドローン墓地(ニューヨーク):英世の墓所
- ガーナの野口記念医学研究所:1979年に日本の援助で設立
関係の深い人物
- 母シカ:農業のかたわら産婆として働いた
- 渡部鼎:英世の左手を手術した会津若松の医師
- 小林栄:学費を出した、猪苗代の高等小学校の教頭
- 血脇守之助:歯科の講師で、のちに支援者
- サイモン・フレクスナー:渡米後に英世を受け入れた研究者
アクセスと利用案内(公式サイトより)
以下の情報は、記念館の公式サイトにあるものです。変更されることがあるので、訪問の前に必ず確かめてください。
- 電車・バス:JR磐越西線の猪苗代駅から、会津バスの金の橋行きで約10分。「野口英世記念館前」で降りて徒歩1分。タクシーなら約6分
- 車:磐越自動車道の猪苗代磐梯高原ICから、国道49号を会津若松方面へ約5分
- 駐車場:無料。乗用車300台、バス30台。積雪時は、国道沿いの公営無料駐車場を使うよう案内されています
- 開館時間:4〜10月は9:00〜17:30(入館は17:00まで)、11〜3月は9:00〜16:30(入館は16:00まで)
- 休館日:記念館は年中無休。ただし12月29日〜1月3日は休館。感染症ミュージアムは12月1日〜3月15日が休館
入館料は、時期によって次のように分かれています。
- 3月16日〜11月30日(記念館と感染症ミュージアムの両方):大人(15歳以上)1,200円、こども(小中学生)550円、高大各種学校生800円、未就学児は無料
- 12月1日〜3月15日(記念館のみ):大人800円、こども400円、高大各種学校生500円、未就学児は無料
- 団体(20名以上)は料金が下がります。学校引率の場合は、20名未満でも団体料金が適用されます
- 障がい者手帳などを持っている人には割引制度があります。割引額は、公式サイトのバリアフリー情報で確かめてください
Wikipediaには大人600円、子ども300円とありますが、これは感染症ミュージアム開館前の料金とみられ、現在の公式サイトの表とは異なります。料金は公式サイトの表に従ってください。
よくある質問
野口英世記念館はいつ開館しましたか?
1939年(昭和14年)5月21日です。1938年に財団法人の設立が許可され、その翌年に開館しました。福島県の登録博物館第1号とされています。
記念館にある生家は、いつの建物ですか?
1823年に建てられた建物で、2019年に登録有形文化財に登録されました。英世が幼い頃に火傷を負った囲炉裏も見学できます。
母シカの手紙は見られますか?
記念館の公式サイトによると、英世が受け取った母シカからの手紙が展示されています。英世に宛てた母の手紙で現存するのは、この1通だけと紹介されています。
行き方と駐車場はどうなっていますか?
猪苗代駅からバスで約10分、タクシーで約6分です。車なら猪苗代磐梯高原ICから約5分で、乗用車300台、バス30台分の無料駐車場があります。
冬も見学できますか?
記念館は12月29日〜1月3日を除いて年中無休です。ただし感染症ミュージアムは12月1日〜3月15日が休館で、この期間は入館料も記念館のみの料金になります。





