山本五十六

結論:山本五十六の「水饅頭」は、酒饅頭を冷水に浸して砂糖を掛けた食べ方だった

山本五十六が大好物にしていた「水饅頭」は、夏の和菓子店に並ぶ透き通った生菓子ではない。Wikipedia は、酒饅頭を冷水に浸して砂糖を掛けたものだったと説明している。

甘党として知られたことは、汁粉や羊羹、あめ最中を好んだという記述からも裏づけられる。一方、作り方の細部には「諸説ある」と紹介されており、決まったレシピが史料で確定しているわけではない。この記事では、確かめられた部分と、語り伝えにとどまる部分を分けて見ていく。

基本情報

  • 人物:山本五十六(旧姓は高野。越後長岡藩士・高野貞吉の六男)
  • 生没年:1884年(明治17年)4月4日〜1943年(昭和18年)4月18日(59歳)
  • 出身:新潟県長岡(旧古志郡長岡本町)
  • 時代:明治〜昭和時代
  • 立場:海軍大将(没後に元帥の称号を追賜)。連合艦隊司令長官を務めた
  • この記事の要点:好物は「酒饅頭を冷水に浸し、砂糖を掛けたもの」とされる。作り方には諸説がある

山本五十六の水饅頭とは?酒まんじゅうを冷水に浸す食べ方

Wikipedia が書く「水饅頭」

Wikipedia の山本五十六の項には、好物についての記述がある。水饅頭が大好物だったが、それは夏の生菓子の水饅頭ではなく、酒饅頭を冷水に浸して砂糖を掛けたものだった、というものだ。

「水饅頭」と聞くと、葛などで餡を包んだ涼菓子を思い浮かべる人が多い。五十六の水饅頭は、その名前だけを借りた別の食べ方だったことになる。

土台は長岡の酒まんじゅう

新潟県観光協会のサイトは、長岡の老舗和菓子店・川西屋の酒まんじゅうを紹介する中で、この話に触れている。同店は1909年(明治42年)の創業で、1890年(明治23年)創業の川西屋本店からのれん分けした店だという。酒まんじゅうは4種類あり、ほんのり甘い「甘塩」、甘くない塩味の「塩小豆」、こしあんの「甘あん」、皮に長岡・摂田屋の醤油などをブレンドした「しょうゆつぶあん」がある。

同サイトによれば、五十六はこの酒まんじゅうを愛したと伝わり、特に甘みのない塩小豆を「水まんじゅう」として食べるのが好みだったという。ただし「作り方には諸説ある」とも添えられている。

酒は入っていない?名前の由来

同じ紹介記事には、名前に「酒」とあっても酒は使っていない、と書かれている。麹を発酵させ、うるち米と合わせて一晩寝かせた「酒元」を使うことから、この名が付いたという。

つまり酒まんじゅうは、酒粕や酒を入れた菓子ではなく、発酵させた生地の菓子である。塩気のある餡のまんじゅうに砂糖を後から足すという食べ方は、この「甘くない饅頭」があってこそ成り立つ。

水饅頭の逸話は確かか?映画の場面と諸説

映画で知られた食べ方

この食べ方を広く印象づけたのが、映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』の場面だ。観光協会の記事によると、役所広司が演じる五十六が、茶碗に水と氷を入れて酒まんじゅうをふやかし、砂糖をかけて崩しながら食べる姿が描かれた。撮影にあたっては、スタッフの依頼で川西屋が酒まんじゅうをスタジオに送ったという。

映画の描写はあくまで作品の演出であり、実際の五十六の食卓を記録したものではない。Wikipedia の「冷水に浸して砂糖を掛けた」という説明とは重なるが、氷を入れたかどうかなどの細部まで、史料で確かめられたわけではない。

確かめられたことと、確かめられないこと

確かめられるのは、次の点だ。

  • Wikipedia に、好物が酒饅頭を冷水に浸して砂糖を掛けたものだったという記述がある
  • 長岡の和菓子店が、五十六が愛した酒まんじゅうとして塩小豆を紹介している
  • 観光協会の記事自体が「作り方には諸説ある」と書いている

反対に、確かな資料を見つけられなかった話もある。たとえば「戦時中に材料を持った使いが店へ来た」といった注文の話や、手紙に水饅頭への言及があったという話は、今回確かめた Wikipedia と公的な観光情報には見当たらなかった。そのため、この記事では事実として扱わない。店や土地に伝わる話として耳にしても、史料のある事実とは分けて受け止めたい。

実際に試した記者の感想

観光協会の記事には、記者が水まんじゅう風に作って試食した感想もある。予想以上においしく、氷を入れると味が引き締まり、夏に向く菓子になったという。砂糖は入れすぎないほうが、さっぱり食べられるとも書かれている。これは五十六の時代の味の証言ではなく、現代の記者の感想である。

甘党・山本五十六の素顔と好物

汁粉、羊羹、あめ最中

Wikipedia には、水饅頭以外の甘いものの話も出てくる。夜食に汁粉が出ると喜んだこと、虎屋の羊羹を好み、副官が切らさないよう気をつけていたことなどだ。あめ最中も好物で、新潟市の白山駅近くの「渡辺あめや」には礼状が飾られているという。

果物では、日本では柿、南方ではパパイヤを好んだとされる。

コーヒーに砂糖をたっぷり

逸話として、コーヒーに多量の砂糖を入れて飲む姿を見た同席者が「ずいぶん甘党ですね」と声をかけたというものがある。五十六は、できるだけアメリカの物資を使ってやるのだ、と冗談で答えたと伝えられる。

甘いものへの好みと、ユーモアを交えた受け答えの両方がうかがえる話だ。

五十六という名前の由来

五十六は越後長岡藩士・高野貞吉の六男として生まれた。「五十六」という名は、父の年齢から付けられたとされる。のちに山本家を継いだ。

ゆかりの地と関連する人物

長岡のゆかりの地

  • 山本五十六記念館(長岡市呉服町):家族や親友に宛てた手紙、軍服などの遺品が展示されている。戦死時に搭乗していた一式陸攻の左翼も見られる
  • 生家跡(山本記念公園):生家は長岡空襲で焼失した。現在は公園になっており、復元された生家と胸像がある
  • 長興寺:山本家の墓所がある。2004年の新潟県中越地震で墓が倒壊し、2005年4月に復旧した
  • 堅正寺:帰省のたびに立ち寄った曹洞宗の寺。中越地震で倒壊した

墓所は長興寺のほか、東京都府中市の多磨霊園にもある。開館時間や料金は変わることがあるため、訪ねる前に長岡市などの公式情報を確認したい。

水饅頭を扱う店

観光協会が紹介する川西屋(長岡市)は、五十六が愛したと伝わる酒まんじゅうを作る老舗だ。塩小豆のほか、複数の味の酒まんじゅうがある。

関連する人物

墓石の文字を書いたとされるのは、米内光政である。戦死後に生家跡で山本神社を建てる動きがあった際は、米内光政や堀悌吉らの反対で立ち消えになった、とWikipedia にある。

よくある質問

山本五十六の水饅頭は、夏の葛菓子の水饅頭ですか?

違う。Wikipedia によると、夏の生菓子の水饅頭ではなく、酒饅頭を冷水に浸して砂糖を掛けたものだったとされる。

水饅頭には、どの酒まんじゅうを使うのですか?

長岡の川西屋の紹介では、甘みのない塩小豆の酒まんじゅうを水まんじゅうとして食べるのが好みだったと伝わっている。ただし、作り方には諸説があると同じ紹介に書かれている。

酒まんじゅうには酒が入っていますか?

観光協会の記事によれば、酒は使っていない。麹を発酵させ、うるち米と合わせて一晩寝かせた「酒元」を使うことから名付けられたという。

映画の食べ方は史実ですか?

映画では茶碗に水と氷を入れてまんじゅうをふやかし、砂糖をかける場面が描かれた。これは映画の描写で、Wikipedia の説明と大筋は重なるが、細部まで史料で確かめられたわけではない。

ほかに好きだった甘いものは?

汁粉、虎屋の羊羹、あめ最中などが挙げられている。果物では日本では柿、南方ではパパイヤを好んだとされる。