谷崎潤一郎 日本史トリビア

結論:『春琴抄』は、盲目の三味線奏者に生涯仕えた奉公人を描く谷崎潤一郎の中編

『春琴抄』は、谷崎潤一郎が1933年(昭和8年)に雑誌『中央公論』6月号へ発表した中編小説です。大阪の薬種商の娘で、9歳で失明した三味線奏者の春琴と、彼女に仕える丁稚(奉公人)の佐助の関係を描きます。佐助は春琴の弟子にもなり、物語の終盤では自ら視力を絶ってまで春琴に仕え続けます。

句読点や改行をほとんど使わない実験的な文体でも知られ、谷崎の代表作の一つと位置づけられています。この記事では、あらすじと登場人物、文体の特徴、そして後世の映画・舞台などへの広がりを順に見ていきます。

基本情報

  • 作者:谷崎潤一郎(1886年〔明治19年〕7月24日〜1965年〔昭和40年〕7月30日、79歳没)
  • 発表:1933年(昭和8年)、『中央公論』6月号
  • 単行本:同年12月に創元社から刊行。「蘆刈」「顏世」を併録
  • 形式:中編小説
  • 主な登場人物:春琴(本名は琴)、佐助、利太郎
  • 文体の特徴:句読点や改行を極力使わない
  • 作者の生まれ:東京市日本橋区蛎殻町(現・東京都中央区日本橋人形町)

「春琴抄」のあらすじと登場人物

語り手「私」が墓を訪ねるところから始まる

物語は、語り手の「私」が春琴の墓と、その傍らにある佐助の墓を参る場面で始まります。「私」は「鵙屋春琴伝」という一冊の書物を手にしており、そこに記された二人の奇縁を語っていく形をとります。語り手が書物を手がかりに二人の関係をたどる形が、この作品の入口です。

春琴:美貌と負けん気をそなえた三味線奏者

春琴は、大阪の道修町にある薬種商「鵙屋」の次女で、本名は琴です。非常に美しく、大阪人らしい負けん気の強さを持つ人物として描かれます。もともとは舞妓を目指していたものの、9歳で失明し、音曲を学ぶようになりました。

佐助:奉公人から弟子になり、生涯仕える

佐助は春琴の身の回りの世話をする丁稚でした。やがて三味線を学び、春琴の弟子にもなります。稽古は厳しく、佐助が泣き出すほどだったと描かれています。後に佐助は「温井琴台」を名乗ることを許されますが、結婚はせず、春琴の世話を続けました。

熱湯事件と、佐助の決断

春琴の弟子には、名家の息子の利太郎がいました。春琴の美貌が目当てで弟子入りした人物で、梅見に誘って口説こうとしますが、春琴に袖にされます。その後、稽古の仕置きで春琴が利太郎の額にけがをさせ、その約1か月半後に、何者かが春琴の顔に熱湯を浴びせる事件が起こります。

春琴は大きな火傷を負い、顔を見られることを嫌って佐助を近づけようとしませんでした。負い目を感じた佐助は自ら視力を絶ち、その後も春琴に仕え続けます。作中で春琴は1886年に、佐助は1907年に亡くなります。終盤では和尚が佐助の行為を称賛し、最後には読者に、その是非を問いかける形で物語が結ばれます。

子の存在という、もう一つの事実

作中の春琴は、佐助との関係を否定します。それでも、佐助に似た子を産み、その子は里子に出されます。師弟関係とも主従関係とも言い切れない二人の関係は、こうした細部にも表れています。

「春琴抄」の文体と谷崎文学の中での位置づけ

句読点や改行をほとんど使わない文体

この作品の最大の特徴は文体です。本来は句点を打つ箇所でも文を切らず、「…したすると…」のように続けて書かれています。読み手は息継ぎの場所を自分で探しながら読むことになり、語りの流れそのものが作品の味わいになっています。

初版では変体仮名が多く使われていましたが、後の版では通常の仮名に改められました。単行本の初版の表紙には黒漆塗りと朱漆塗りの2種類があり、朱漆版は発行部数が極めて少ないとされています。

春琴のモデルとされる人物

春琴のモデルとして挙げられているのが、谷崎が地唄の出稽古を受けた三代目菊原琴治(盲人)の娘、菊原初子です。ただし、作中の春琴の人物像や出来事が、そのまま菊原初子の事実を写したものとは言えません。モデルとして名前が挙がっている、という範囲で理解するのが安全です。

同時代の評価は割れていた

発表当時の評価は一様ではありませんでした。正宗白鳥は称賛しつつ、こうした文学を将来は否定するかもしれないと述べています。小林秀雄は消極的な見方を示し、川端康成は言葉がないほどの名作と評しました。

後世には、西村孝次が昭和8年の文学の中でも抜きん出ていると評価し、円地文子は、女性への憧憬という谷崎文学の主題を完全に描いた作品としています。谷崎の主要なテーマを含みつつ実験的な文体を用いた代表作、というのが現在の位置づけです。

発表時期の谷崎

谷崎は1923年の関東大震災後に京都を経て阪神間へ移り、1954年に熱海へ転居するまで関西を離れませんでした。『春琴抄』は、その阪神間に住んでいた時期の作品です。1934年に丁未子と離婚し、1935年に、前年に根津清太郎と離婚した森田松子と結婚するなど、私生活も大きく動いていた時期にあたります。

谷崎は『刺青』(1910年)で世に出て、『痴人の愛』『卍』『蓼喰ふ虫』『細雪』『鍵』『瘋癲老人日記』など多くの作品を残しました。文化勲章(1949年)を受け、ノーベル文学賞の候補にも複数回選ばれています。

『春琴抄』が広げた映画・舞台・音楽の世界

『春琴抄』は発表後、さまざまな形に作り替えられてきました。ここでは、作品の一覧に載っている主なものを年代順に挙げます。

映画化の歴史

  • 1935年『春琴抄 お琴と佐助』(松竹蒲田、監督:島津保次郎)
  • 1954年『春琴物語』(大映、監督:伊藤大輔)
  • 1961年『お琴と佐助』(大映、監督:衣笠貞之助)
  • 1972年『讃歌』(近代映画協会ほか、監督:新藤兼人)
  • 1976年『春琴抄』(東宝、監督:西河克己)
  • 2008年『春琴抄』(監督:金田敬)

戦前の1935年から2008年まで、70年以上にわたって繰り返し映画化されています。題名が『お琴と佐助』『春琴物語』『讃歌』と変わっていることからも、作り手ごとに焦点の置き方が違ったことがうかがえます。テレビドラマも、1960年(日本テレビ)、1965年(フジテレビ)、1973年(NET・東映)に放送されました。1986年には『青春アニメ全集』の1本としてテレビアニメにもなっています。

舞台とオペラ

舞台では、宝塚歌劇団が1982年に月組で『愛限りなく』(脚本・演出:内海重典)、1995年の星組、2002年の雪組、2008年の宙組で『殉情』(脚本・演出:石田昌也)を上演しました。2008年には世田谷パブリックシアターとコンプリシテによる『春琴』が上演され、2010年には『Complicite Shun-Kin』として台湾国家戲劇院などで上演されています。同じ2008年には中国浙江小百花越劇團による『春琴伝』もありました。2016年の『極上文學 第10弾 春琴抄』、2024年の『Reading in the dark 春琴の佐助』など、近年まで上演が続いています。

音楽の分野では、1975年に作曲:三木稔、台本:まえだ純による全3幕のオペラ『春琴抄』が作られました。

漫画化

漫画では、及川徹版(『マガジンSPECIAL』2011年掲載)、高橋真巳版(集英社、2015年配信)、笹倉綾人『ホーキーベカコン』(原案:谷崎潤一郎、KADOKAWA、2018年連載)、あれぐろ版(『comicクリベロン』2019年1月号)があります。

なお、海外での翻訳書の一覧は、今回確かめたページでは確認できませんでした。英訳題は “A Portrait of Shunkin” とされています。

ゆかりの地と関連する人物

芦屋市谷崎潤一郎記念館

兵庫県芦屋市には、芦屋市谷崎潤一郎記念館があります。谷崎ゆかりの施設として挙げられています。展示や開館時間は、訪ねる前に公式の案内で確かめてください。

倚松庵と墓所

神戸市東灘区の倚松庵は、谷崎が1936〜1943年に居住し、『細雪』の冒頭を執筆した旧居です。墓所は京都市左京区の法然院にあり、東京都豊島区の染井墓地(慈眼寺)にも分骨されています。

作品の冒頭に出てくる春琴と佐助の墓については、発表後に、実際にどこにあるのかという問い合わせが相次いだとされています。ただし、確かめたページには、墓の所在は記載されていません。

関連する人物

  • 根津(森田)松子:谷崎が1935年に結婚した妻。『細雪』の登場人物には、松子とその妹・重子がモデルとされる人物がいます
  • 正宗白鳥・小林秀雄・川端康成:発表当時に『春琴抄』を論じた人物
  • 菊原初子:春琴のモデルとして挙げられる人物

よくある質問

『春琴抄』はいつ発表された作品ですか?

1933年(昭和8年)、雑誌『中央公論』6月号に発表されました。同年12月に創元社から単行本が出ています。

『春琴抄』はどんな文体で書かれていますか?

句読点や改行をほとんど使わない実験的な文体です。初版では変体仮名が多く使われていましたが、後の版では通常の仮名に改められました。

春琴にモデルはいますか?

谷崎が地唄の出稽古を受けた三代目菊原琴治の娘、菊原初子がモデルとして挙げられています。作中の出来事がそのまま事実というわけではありません。

佐助はなぜ春琴に仕え続けたのですか?

作中では、春琴が顔に火傷を負ったあと、負い目を感じた佐助が自ら視力を絶ち、結婚もせずに春琴の世話を続けます。その是非は、作品の最後で読者に問いかけられます。

『春琴抄』は映像化されていますか?

1935年の松竹作品から2008年の作品まで、複数回映画化されました。テレビドラマ、アニメ、宝塚歌劇団などの舞台、オペラ、漫画にもなっています。