葛飾北斎と歌川広重は、江戸の風景版画を代表する二人だ。同じ景色を描いているのに、見た瞬間の迫力や、残る余韻がまるで違う。まずは「どこが違うの?」をスッと説明できるようになると、展覧会や画集が一気に面白くなる。今日はその入口を作る。
北斎は、波や山を大胆に組み立てて、画面に“事件”を起こすのが得意だ。視線がぐいっと引っ張られ、気づくと絵の中を歩かされている感じがする。大きな形で驚かせて、細部で納得させるタイプだ。
広重は、雨・雪・夕暮れの空気や、旅人の気分まで絵に閉じ込めるのがうまい。派手さよりも「その場にいる気配」が強く、見終わってからじわっと効いてくる。街道の人の動きや、季節の匂いまで想像できる。
この記事では、年代と代表作を整理したうえで、富士・旅・天気という分かりやすい切り口で見比べ方をまとめる。さらに、構図と色の見分けのコツも添える。最後に、初めてでも迷わない鑑賞チェックを置く。家でも試せる。
葛飾北斎と歌川広重|時代背景と代表作
年齢差と活躍の順番をつかむ
北斎は1760年に江戸で生まれ、1849年に江戸で亡くなった。広重は1797年生まれで、1858年に没している。二人の人生はかなり重なり、同じ江戸の空気を吸っていた。
ただ、広重は北斎より約37年若い。北斎が風景そのものを見世物にして人気を押し上げたあと、その土台の上で広重が旅や季節の感じ方を磨き上げていく、と見ると分かりやすい。だから同じ名所でも、刺さるポイントが違う。
江戸後期は街道の整備や旅人気もあって、名所を描く版画がよく売れた。そうした空気の中で、北斎は構図の発明で勝負し、広重は空・雨・夕暮れの気配で勝負する方向へ進んだ。
二人を「どちらが上か」で比べるより、「何を増やしたか」で見ると楽になる。北斎は視点の面白さを増やし、広重は時間と空気の表現を増やした。まず年代を押さえ、次に代表作へ進むと迷いにくい。
北斎の入口は『冨嶽三十六景』で決まる
北斎の代表作としてまず押さえたいのが『冨嶽三十六景』だ。名前は「三十六景」だが、実際は追加図を含めて全46図になっている。制作はおよそ1830年前後で、人気を受けて増補された。
この連作の強みは、富士山をただの背景にしないところだ。遠くに小さく置いたり、近景の道具で切り取ったりして、視点の遊びを作る。結果として、富士そのものより「富士をどう見せるか」が主役になる。
たとえば『神奈川沖浪裏』は、巨大な波のカーブの中に小さな富士をはめ込み、自然の力と人の営みを一枚で見せる。『凱風快晴(赤富士)』は、形を単純化して色で空気を語る。どちらも構図の発明が先に立つのが北斎らしい。
さらに青の顔料が効き、空や海の広がりがすっきり出る。図柄だけでなく色の扱いまで含めて、風景版画の定番を作ったシリーズだ。まずここから入ると迷わない。
広重の入口は保永堂版『東海道五十三次』
広重の名を決定づけたのは、保永堂版『東海道五十三次』だ。1833〜1834年に刊行され、日本橋から京都・三条大橋までの道中を、起点と終点も含めた全55枚で描く連作として知られる。
タイトルは「五十三次」だが、宿場の53に加えて出発地と到着地も入れるので55枚になる。この数のズレを知っているだけで、解説の数字に迷わなくなる。
面白いのは、名所の説明より「その場の感じ」が前に出るところだ。坂道の息切れ、川風、夕方の冷え、急な雨に走り出す人。人物が小さくても状況が分かるのは、天気と道の形で物語を作っているからだ。
広重は1832年に東海道を旅した経験をもとに、このシリーズを形にしたと言われる。まずは雨・雪・夕景の図を選び、空のぼかしや遠景の薄さに注目すると、広重の強みがつかめる。
版画はチーム戦:絵師だけで完結しない
北斎や広重の作品は、絵師が一人で全部作るものではない。版元が企画し、絵師が下絵を描き、彫師が版木を彫り、摺師が紙に色を重ねて仕上げる。版元は流行を読み、制作を管理し、売り方まで決める中心人物になる。
この仕組みを知ると「同じ図なのに印象が違う」理由も見えてくる。多色摺りでは色ごとに版木が必要で、同じ紙の上に何度も位置を合わせて刷り重ねる。摺りの濃淡やぼかしの広さ、紙や顔料の状態で、空の色や雨の線が変わるからだ。
展覧会では「初期の摺り」「後の摺り」といった説明が付くことがある。見つけたら、空のグラデーション、輪郭線の鋭さ、同じ青でも濃さの違いを比べてみるといい。
葛飾北斎と歌川広重|作品でわかる描き方の違い
富士をどう置くか:北斎は視点の発明
北斎の富士は、山そのものより「見せ方」が主役になる。『神奈川沖浪裏』では、波の空洞に小さな富士をはめ込み、遠近のギャップで緊張感を作る。山が小さいほど、波の巨大さが逆に伝わる仕掛けだ。
しかも主役は海なのに、視線は最後に富士へ戻る。近景の曲線が視線の道を作り、画面の中を歩かせる。北斎が視点の誘導に強いと言われる理由がここにある。
『凱風快晴(赤富士)』のように、形を単純化して色で時間帯を語る手もある。雲の配置や空の青の段差が、朝の空気を説明してくる。
鑑賞のコツは、富士そのものより、手前の道具(波・桶・橋・木など)が何をしているかを見ることだ。手前が富士を「隠す」「囲む」「切り取る」ように働いていたら、北斎らしさが濃い。
旅の気分を運ぶ:広重は連作で効かせる
広重の保永堂版『東海道五十三次』は、起点と終点を含む55枚で旅を一本の映画みたいにつなぐ。だから一枚だけ見ても良いが、数枚続けると面白さが跳ね上がる。
朝の光から夕方の冷えへ、晴れから雨へ、宿場のにぎわいから静けさへと、気分が段階的に変わる。広重は連作でじわじわ効かせるのが強い。
人物は小さく描かれることが多いのに、何が起きているかは分かる。道のうねり、川の幅、坂の角度、雲の重さが、人の動きを説明してくれるからだ。
鑑賞のコツは、空のぼかしと遠景の薄さに注目すること。そこが丁寧だと、湿度や風が立ち上がる。
雨と四季の表現:『名所江戸百景』で空気が立つ
広重晩年の『名所江戸百景』は、1856年に刊行が始まった江戸の名所連作で、全119図として知られる。広重の死後に二代広重が一部を補ったともされる。
このシリーズの強みは、名所の説明より「空気」を先に見せるところだ。木の枝を手前に大きく置いたり、橋を斜めに切ったりして、視線をすべらせながら季節へ入っていく。
代表例が『大はしあたけの夕立』で、細い雨脚で突然の夕立を表す。空の暗さはぼかしで作られ、雨脚の線は彫りの精度が要になる。雨が主役になる一枚だ。
鑑賞のコツは、雨の線の密度と、空のグラデーションの幅を見ること。そこが違うだけで、同じ場面の緊張感が変わる。
見分けの早見表:構図と空の扱いで判断する
迷ったときは、まず「手前」が大きいかを見る。波や橋、木などの形が画面を支配していたら北斎寄りになりやすい。
北斎は形のコントラストが強く、輪郭がはっきりしていることが多い。見ていて「おおっ」と声が出るなら北斎側だ。
反対に、空のぼかしや霞みで気分を作っていたら広重寄りだ。遠景が薄く、湿度や時間帯が伝わってくる図は広重の得意分野になる。
連作の並び方も手がかりだ。旅の道中や季節の順番で気分を積み上げるのは広重の強み。驚きの一撃で決めにくるのは北斎、という考え方が役に立つ。
まとめ
- 二人は同時代の江戸で活躍したが、広重は北斎より約37年若い
- 北斎の入口は『冨嶽三十六景』で、全46図として知られる
- 『神奈川沖浪裏』は同シリーズの代表作だ
- 『凱風快晴(赤富士)』は色と形の単純化で時間帯を語る
- 広重の入口は保永堂版『東海道五十三次』で、全55枚の連作として知られる
- 旅の面白さは一枚よりも連続で見ると強く出る
- 『名所江戸百景』は全119図として知られる
- 『大はしあたけの夕立』は雨脚と構図で緊張感を作る
- 版画は版元・絵師・彫師・摺師の分業で成り立つ
- 見分けは「手前の形」なら北斎、「空の気配」なら広重が近い




