結論:代表作は『金閣寺』。ただし「これ一つ」には決まらない
三島由紀夫の代表作として最もよく挙がるのは、1956年に刊行された長編小説『金閣寺』です。読売文学賞を受け、近代日本文学の傑作の一つとされています。ただ、『仮面の告白』『潮騒』『豊饒の海』なども代表作に数えられ、どれを選ぶかは読者の目的によって変わります。
初めて読むなら、明快な物語の『潮騒』、自伝的な『仮面の告白』、そして『金閣寺』が入り口になります。三島の到達点を見たいなら遺作の『豊饒の海』へ、戯曲なら『サド侯爵夫人』や『近代能楽集』へ、思想を知りたいなら評論の『葉隠入門』『太陽と鉄』へ進む順序が分かりやすいでしょう。
この記事では、各作品の刊行年・受賞・モデルなどの確かめられた事実を軸に、読む順番の目安を示します。
基本情報
- 生没年:1925年(大正14年)1月14日〜1970年(昭和45年)11月25日(45歳没)
- 本名:平岡公威(ひらおか きみたけ)
- 時代:大正末期生まれ、活躍の中心は昭和時代(戦後)
- 立場:小説家・劇作家・評論家。学習院から東京帝国大学法学部へ進み、1947年11月に法学士となった
- デビュー:1938年に短編「酸模(すかんぽう)」。1944年に処女短編集『花ざかりの森』を刊行
- 主な代表作:『仮面の告白』(1949年)、『潮騒』(1954年)、『金閣寺』(1956年)、『豊饒の海』(1965〜1970年)
- 主な戯曲:『近代能楽集』『鹿鳴館』『サド侯爵夫人』
- 墓所:多磨霊園
- ノーベル文学賞の候補になったとされる
三島由紀夫の代表作と入門に読むべき名著
『金閣寺』:最初に挙がる代表作
『金閣寺』は、文芸誌『新潮』に1956年1月号から10月号まで連載され、同年10月30日に新潮社から単行本になりました。約15万部のベストセラーとなり、第8回読売文学賞(小説部門)を受賞しています。『読売新聞』のアンケートでは、1956年度のベストワンにも選ばれました。
題材は、1950年7月2日未明に京都の鹿苑寺で起きた放火事件です。この事件で舎利殿(金閣)が焼失し、1952年に再建工事が始まって1955年に完成しました。鹿苑寺は京都市北区金閣寺町にあり、1994年12月に「古都京都の文化財」の構成資産として世界遺産に登録されています。小説は事件を素材にしつつ、三島独自の人物像や観念を加えて組み立てた作品です。
物語の主人公は、吃音に悩む若い僧・溝口です。父から聞かされた金閣を絶対的な美として思い描いて育ち、金閣寺で修行します。ところが女性との関係や、友人の柏木との交流の中で、金閣の幻影が現実の人生を妨げるようになります。後継住職への道を老師に断たれた溝口は、金閣を焼く決意をします。物語は、放火のあとに溝口が「生きよう」と思う場面で終わります。
連載中から評価が高く、それまで三島に批判的だった文壇の主流派や左翼系の作家からも支持されたと伝えられています。1959年にアイヴァン・モリスの英訳が出て各国で翻訳され、文庫版の累計は2020年11月時点で361万8千部です。映画では1958年に市川崑監督、市川雷蔵主演の『炎上』が作られ、1976年にはオペラにもなりました。事件の実際を知りたい人は、小説と史実を分けて読むことが大切です。
『潮騒』と『仮面の告白』:明快な物語と自伝的な出世作
『潮騒』は1954年6月10日に新潮社から書き下ろしで刊行され、第1回新潮社文学賞を受けました。舞台は三重県鳥羽市の神島(古名は歌島)がモデルで、古代ギリシアの『ダフニスとクロエ』に着想を得たとされます。刊行直後にベストセラーとなり、英訳はアメリカでも出版されて売れました。映画化は2020年6月時点で5度あります。筋が明快で、最初の一冊に向いた作品です。
『仮面の告白』は、1949年7月5日に河出書房から書き下ろし長編として出ました。三島の2作目の長編で、初の書き下ろしです。自伝的な作品で、同性への関心を抱えた語り手「私」の内面を描き、当時大きな話題になりました。三島は24歳で著名作家となり、日本文学史上でも画期的と評されています。三島自身は本作を、自分を対象とした「生体解剖」の試みと位置づけ、書くことで生の回復を図ったとされます。
この2作は対照的です。『潮騒』は健康的な青春の物語、『仮面の告白』は自己分析の小説です。三島の作風の幅を、最初の2冊で確かめられます。
『命売ります』と『宴のあと』:意外な角度から入る二冊
『命売ります』は、『週刊プレイボーイ』に1968年5月21日号から10月8日号まで全21回連載され、同年12月25日に集英社から単行本になりました。発表当時は通俗小説とみなされ、文壇からあまり注目されませんでした。ところが没後45年にあたる2015年に人気が急に広がり、ちくま文庫は1か月で7万部を重版して、2015年と翌2016年のベストセラーになりました。
『宴のあと』は『中央公論』に1960年1月号から10月号まで連載され、同年11月15日に新潮社から刊行されました。モデルは、料亭の女将と、元外務大臣で東京都知事選の候補者だった人物です。1961年3月15日、モデルとされた元外務大臣が、私生活を侵害されたとして三島と新潮社を東京地方裁判所に訴えました。1964年9月28日の判決は三島側に80万円の損害賠償を命じ、謝罪広告は不要としました。この件は、日本で初めて「プライバシー」と「表現の自由」の問題が法廷で争われた事件として位置づけられています。小説と裁判を合わせて読むと、文学が現実の人物を描く難しさが見えてきます。
「代表作」をめぐる諸説と、思想・美意識を読む名著
『豊饒の海』と『憂国』:作者自身の言葉と遺作
「代表作はどれか」には、決まった答えがありません。まず作者自身の言葉があります。短編『憂国』について、三島は「小品ながら、私のすべてがこめられている」と述べたと伝えられています。『憂国』は1961年1月、『小説中央公論』の冬季号に載り、同月30日刊行の短編集『スタア』(新潮社)に収められました。二・二六事件を背景に、反乱軍とされた仲間を討つ立場に苦悩する新婚の中尉と、その妻の物語です。1966年4月12日に公開された映画版は、三島が製作・監督・主演・脚色・美術を務め、ツール国際短編映画祭で第2位を受賞しました。
一方、規模と位置づけでは、遺作の『豊饒の海』が筆頭に挙がります。『新潮』に連載された全四巻で、巻ごとの連載期間は次のとおりです。
- 第一巻『春の雪』:1965年9月号〜1967年1月号
- 第二巻『奔馬』:1967年2月号〜1968年8月号
- 第三巻『暁の寺』:1968年9月号〜1970年4月号
- 第四巻『天人五衰』:1970年7月号〜1971年1月号
『浜松中納言物語』に依拠した夢と転生の物語で、20歳で死ぬ若者が次の巻の主人公に生まれ変わっていきます。各巻の主題は、貴族の恋愛、右翼青年の行動、唯識思想とタイ王室の女性、認識に取り憑かれた少年と老人の対立です。最終巻の入稿日は、三島が亡くなった1970年11月25日と重なりました。当初は五巻構成も検討されており、終結は予定より約1年早まったと伝えられています。
評価も一様ではありません。川端康成は『春の雪』『奔馬』を『源氏物語』以来の名作と評し、澁澤龍彦は「戦後文学最高の達成」と評しました。一方で『春の雪』『奔馬』には荒唐無稽との批判や天皇崇拝思想への批判があり、『暁の寺』は文壇全般の受け止めが芳しくなかったとされます。『天人五衰』は、刊行後に三島の死と結びつけて論じられることが多くなりました。通読には時間がかかるので、まず『春の雪』から手に取るのが現実的です。
三島は1970年11月25日、楯の会の隊員4名と陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地を訪れ、東部方面総監を監禁しました。バルコニーで自衛隊員にクーデターを促す演説をしたのち、自決しています。この事件は社会に大きな衝撃を与えました。そのため作品を読むとき、事件から逆算した「予言」として読みたくなりますが、各作品の刊行年を確かめると、作品ごとに別の関心から書かれたことが分かります。
『禁色』『午後の曳航』『美しい星』:長編の三作
『禁色』は、第一部が『群像』1951年1月号〜10月号に連載されて同年11月に、第二部「秘楽」が『文學界』1952年8月号〜1953年8月号に連載されて1953年9月に、それぞれ新潮社から刊行されました。還暦を過ぎた老作家・檜俊輔が、女性たちに裏切られ続けた過去への復讐を計画し、美青年の南悠一を使って女性たちを翻弄させる物語です。
『午後の曳航』は、1963年9月10日に講談社から書き下ろしで刊行されました。舞台は横浜・山手で、ブティックを営む未亡人とその息子、そして未亡人に惹かれる外航船の船員の関係を描きます。前編「夏」はメロドラマとして終わり、後編「冬」でその世界が崩れていきます。1965年のジョン・ネイスンによる英訳(『The Sailor Who Fell from Grace with the Sea』)から世界各国で訳され、1976年に日米英合作で映画化されたほか、ヘンツェが『裏切られた海』としてオペラ化し、1990年にベルリンで初演されました。
『美しい星』は、『新潮』に1962年1月号から11月号まで連載され、同年10月20日に単行本になりました。埼玉県飯能市の大杉家の4人が、自分たちを火星・木星・水星・金星から来た宇宙人だと信じ、核戦争による人類の滅亡を防ごうとします。仙台では、人類の滅亡を願う宇宙人たちと父が激しく論争します。2017年に吉田大八監督で映画化されました。評価は割れており、大岡昇平らが高く評価した一方、SFとしては失敗作だとする批判もあって、成功作かどうかは賛否が分かれています。
戯曲:『サド侯爵夫人』『近代能楽集』『鹿鳴館』
『サド侯爵夫人』は、1965年11月14日に紀伊國屋ホールで初演されました。演出は松浦竹夫、ルネ役は丹阿弥谷津子で、同年度の芸術祭賞演劇部門賞を受けています。登場人物は女性6人だけで、題名の中心人物であるサド侯爵本人は一度も舞台に出ません。ドナルド・キーンの英訳があり、フランス語版はマンディアルグ訳で、フランスでは特に人気が高いとされます。1989年にはイングマール・ベルイマンの演出でスウェーデン王立演劇場が上演し、2009年にはロンドンでジュディ・デンチが主演しました。
『近代能楽集』は、能の曲を現代の設定に置き換えた戯曲集です。1956年の単行本は5曲、1968年の新潮文庫版は8曲を収めます。『邯鄲』『綾の鼓』『卒塔婆小町』『葵上』『班女』『道成寺』『熊野』『弱法師』など、それぞれ同名の能が原典です。『卒塔婆小町』は公園で老婆と酔った詩人が出会い、回想の中で場面が鹿鳴館の舞踏会へ移ります。『葵上』は入院中の葵を夫の光が見舞い、六条康子の生霊が現れます。1幕ものが中心で、戯曲の入門として手に取りやすい作品集です。
『鹿鳴館』は、1956年11月27日に文学座創立20周年記念公演として第一生命ホールで初演された全4幕の戯曲です。演出は松浦竹夫、主演は中村伸郎と杉村春子でした。舞台は明治19年(1886年)11月3日、天長節に鹿鳴館で催された大夜会です。元芸者の影山伯爵夫人・朝子と、かつての恋人で自由民権運動家の清原永之輔、その息子の久雄をめぐる関係に、政治の陰謀がからみ、悲劇に向かいます。
評論:『葉隠入門』と『太陽と鉄』
『葉隠入門』は、1967年9月1日に光文社のカッパ・ビブリアから、「日本人の知恵」シリーズの2冊目として刊行されました。山本常朝の『葉隠』の魅力を紹介した評論・随筆です。三島は『葉隠』を戦中から愛読し、少年期から20年以上手元に置いていたとされます。死を日常と結びつけて捉える『葉隠』の死生観を論じており、三島自身の人生論や道徳観、死生観を知る資料としても読まれます。
『太陽と鉄』は、同人誌『批評』に1965年11月号から1968年6月号まで全10回連載され、1968年10月20日に講談社から単行本になりました。肉体と精神、生と死、文と武をテーマにした自伝的な随筆・評論です。言葉に現実を侵され、肉体的な存在感に欠けていた著者が、太陽とボディビルを通じて肉体の感覚を得ていく過程を語ります。巻末には、自衛隊機F104に搭乗した体験を記した「エピロオグ――F104」と、長詩「イカロス」が加えられました。難解なので、小説を数冊読んでから挑むと理解しやすくなります。
ゆかりの地と関連する人物
- 多磨霊園(東京都):三島由紀夫の墓所です。
- 三島由紀夫文学館(山梨県山中湖村):山中湖文学の森公園内にあり、1999年7月3日に開館しました。初版本99冊と略年譜、10代から40代までの肉筆資料、直筆原稿、創作ノートを展示し、三島邸の書斎の一部も再現しています。
- 鹿苑寺(京都市北区金閣寺町):『金閣寺』の題材となった寺です。舎利殿は1950年に焼失し、1955年に再建されました。
- 神島(三重県鳥羽市):『潮騒』の舞台のモデルとされる島です。
- 川端康成:戦後に交流が始まり、三島が作家として道を開くきっかけになりました。『豊饒の海』の最初の二巻(『春の雪』『奔馬』)を高く評価したことでも知られます。
- 山本常朝:『葉隠』の語り手で、『葉隠入門』の題材です。
よくある質問
三島由紀夫の代表作は何ですか?
最もよく挙がるのは1956年刊行の『金閣寺』です。ほかに『仮面の告白』『潮騒』『豊饒の海』も代表作に数えられ、一つに決める定説はありません。
初めて読むなら、どの作品がよいですか?
筋が明快な『潮騒』が入りやすいとされます。自伝的な『仮面の告白』、傑作と評される『金閣寺』へと進み、短い戯曲なら『近代能楽集』が読みやすい選択です。
『豊饒の海』は全部でいくつの巻ですか?
全四巻です。『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』の順で、最終巻の入稿日は1970年11月25日でした。
『宴のあと』はなぜ有名なのですか?
モデルとされた人物が提訴し、1964年9月28日に東京地裁が80万円の損害賠償を命じたからです。日本で初めてプライバシーと表現の自由が法廷で争われた事件とされています。
三島由紀夫はノーベル文学賞をとりましたか?
受賞していません。候補になったとされています。受賞歴としては、新潮社文学賞(1954年)、読売文学賞(1956年・1961年)、毎日芸術賞(1964年)などがあります。




