清少納言といえば『枕草子』の作者として広く知られる。百人一首にも、彼女の歌が一首だけ入っていて、62番「夜をこめて…」として覚えられている。短い歌に、当時の教養と機転がぎゅっと詰まる。まずは難しい言葉を減らし、意味の流れをつかむところから入る。
この一首は、夜明け前に鶏の鳴きまねでごまかす話と、関所を「通さない」と言い切る強さがセットになっている。相手の言い訳を先回りして封じるので、読んだあとに小気味よさが残る。
ただ、古い言葉は最初につまずきやすい。「そら音」は何の音か、「よに」はどう効くのか、逢坂の関はどんな場所か。語句がほどけると、歌の筋が一本につながり、情景も浮かぶ。ここを押さえれば、暗記もただの丸暗記にならない。
この記事では本文を区切って現代語に置き換え、背景にあるやり取りや中国の故事も確認する。覚えるときのコツと、勘違いしやすい点も整理して、最後に要点をまとめる。読み上げたときのリズムも意識していく。
清少納言の百人一首:62番の全体像
清少納言と62番が選ばれた理由
清少納言は平安中期の歌人・随筆家で、代表作は『枕草子』だ。清原元輔の娘とされ、のちに一条天皇の中宮・藤原定子に仕えた女房として紹介される。漢詩文を含む教養と機転で名を知られた。
『小倉百人一首』は、百人の歌を一首ずつ集めた名選で、清少納言の歌はその62番に入る。つまり百首の中で彼女は一首だけが代表として残った形だ。
この一首が選ばれた理由としてよく語られるのは、短歌の中に「だましの手口」と「断りの意志」が同時に詰まっている点だ。上の句で相手の小細工を見抜き、下の句で門を閉ざす。
とくに最後の「関はゆるさじ」は言い切りで、やわらかな恋歌とは手触りが違う。相手に対して一歩引くのではなく、主導権をこちらが握る言い方になる。
また、この歌は後拾遺和歌集では雑歌に収められるとされ、純粋な恋歌というより応酬の妙が際立つ。『枕草子』にも、この歌が出る場面が伝わっている。
なお、本文の読みは「とりのそら音」「あふさか」とされることが多い。読みが定まると、声に出したときのリズムもつかみやすい。
歌の本文と、まず押さえる現代語訳
まず本文をそのまま置く。行ごとに区切ると情景が見えやすい。
夜をこめて
鳥のそら音は
はかるとも
世に逢坂の
関はゆるさじ
大まかな意味は「夜がまだ深いうちに、鶏の鳴きまねで朝だとだまそうとしても、決して逢坂の関は通さない」だ。ここでの「通さない」は、相手に会うのを許さない、という言い回しになる。
ポイントは、上の句が“相手の言い訳を見抜く場面”で、下の句が“結論として拒む場面”になっていることだ。歌の中で話が完結しているので、一度筋が入ると忘れにくい。
この歌は、かるたの解説でも「函谷関の番人はだませても、この逢坂の関は許さない」と説明されることが多い。つまり、だましが通じる関所の話を引き合いに出しつつ、こちらは通さないと言っている。
現代語訳は資料によって言い回しが少し違うが、共通する核は「にせの鶏の声」と「逢坂の関を開けない」という二点だ。まずここを押さえてから細部の語句に入ると迷いにくい。
読みは「よをこめて/とりのそらねは/はかるとも/よにあふさかの/せきはゆるさじ」とされる。声に出すと、前半の軽さと後半の言い切りの落差がよく分かる。
語句のポイント:夜をこめて・そらね・ゆるさじ
「夜をこめて」は、夜明け前の暗い時間を指す言い方だ。まだ朝ではないのに、朝のように見せかける余地がある時間帯、という含みがある。
「鳥のそら音(そらね)」は、鶏の鳴きまねなどの“にせの鳴き声”を指す。ここでは「本物ではない音」で相手を動かそうとする、小細工の象徴になる。
「はかる」は“だます・たくらむ”の意で、やや強い言い方だ。相手の行動を好意的に解釈せず、最初から作戦だと決めてかかっているのが面白い。
「世に」は打ち消しと結びついて「決して〜ない」を作る語だ。「ゆるさじ」も「許すつもりはない」という意志の形なので、二重に強く拒んでいる。
さらに本文では「逢坂(あふさか)」が「逢ふ」と重なり、関=会うか会わないかの境目になる。地名の響きがそのまま意味に効くので、言葉遊びとしても強い。
この二つが並ぶことで、逢坂の関は“開かない門”として固定される。だからこの歌は、情緒よりも切り返しの鮮やかさが前に出る。語句を押さえるだけで全体の骨格が見える。
『枕草子』の場面では「心かしこき関守侍り」と続ける形も見え、門番がしっかりいるから通さない、という冗談が加わる。こうした一言で空気が分かる。
清少納言の百人一首:背景と読みどころ
『枕草子』136段のやり取りが手がかりになる
この歌は、ただの思いつきとして読むより、『枕草子』にある一場面を知ると腑に落ちる。段名は「頭の弁の、職に参り給ひて」とされ、清少納言の目線でやり取りが描かれる。
夜更けに「頭の弁」が職(中宮の局)に来て話をしたあと、翌日の御物忌みで籠もる必要があるとして帰っていく。翌朝には「鶏の声に急かされて帰った」などと言い訳めいた文が届く。
清少納言は返事で「夜深かった鶏の声は、孟嘗君の故事の鳥か」と切り返す。つまり“にせの鶏の声で関所を開ける話”を持ち出し、相手の言い訳を軽くいなす。
すると相手は「これは函谷関ではなく、逢坂の関だ」と返してくる。そこで清少納言が詠んだのが、百人一首62番の「夜をこめて…」だと本文に示される。
やり取り全体が、教養を前提にした冗談と駆け引きになっている。歌だけでも読めるが、前後を知ると「そらね」や「逢坂」の狙いがはっきり見える。
さらに「逢坂は人越えやすき関なれば…」という返歌も出るが、清少納言側はその後返せなくなった、という形で話が閉じられる。強気に切り返しつつ、余韻も残す場面だ。
函谷関の故事:孟嘗君と鶏の鳴きまね
歌の芯にあるのが、函谷関(かんこくかん)の故事だ。中国の史書『史記』に見える孟嘗君の逸話として広く知られ、関所を出るための機転が語られる。
関所の門は、普通は朝にならないと開かない。そこで一行の中の者が鶏の鳴きまねをし、周囲の鶏もつられて鳴いたため、番人が朝だと思って門を開けた、という筋になる。
清少納言の「鳥のそらね」は、この“にせの鳴き声”を踏まえた言葉だ。相手が夜明けのように装っても、それはただの作戦だ、と見抜いている。
『枕草子』の本文でも「孟嘗君の鶏」「函谷関」という語がそのまま出てくる。だからこれは後世のこじつけではなく、当時の会話の中で共有された話題だったと考えられる。
さらに現代語訳でよく「函谷関ならだませても、逢坂の関は許さない」と言い換えられるのは、この故事と対比を作るためだ。だましが成功した関所の名を出し、こちらは失敗だと告げる。
この背景を知ると、歌がいきなり強いのではなく、相手の引用を受けて“上から返す”形だと分かる。教養の応酬として読むと、言い切りの痛快さが増す。
逢坂の関=“会う境目”として覚えるコツ
逢坂の関は、都と東国を結ぶ道の要所として知られた場所だ。現在の滋賀県大津市周辺に関跡の碑や案内があり、旧東海道の交通の節目だったことが説明されている。
和歌では歌枕としても有名で、百人一首でも蝉丸の「これやこの…逢坂の関」がよく知られる。人が行き来して別れが生まれる場所、というイメージが積み重なっている。
清少納言の62番は、そのイメージを逆に使う。「ここは関だ、私は開けない」と言うことで、会うか会わないかの境目を自分の側に作ってしまう。
覚えるコツは「夜明け前→にせ鳴き→関を閉める」の三段にすることだ。情景を先に作ってから言葉を当てはめると、語順も崩れにくい。
つまずきやすい点は二つある。逢坂は大阪ではなく「おうさか」の山道だということ、そして関所は旅の話ではなく“会う境目”のたとえとして効いていることだ。
最後に「よに+ゆるさじ」をセットで覚えると、結論の強さが頭に残る。上の句が軽い作戦話で、下の句がきっぱりした拒否、という落差がこの歌の持ち味だ。
清少納言の百人一首 まとめ
- 62番は清少納言の一首で、「夜をこめて…」の歌だ。
- 上の句は“にせの鶏の声でだます”という発想を示す。
- 「鳥のそらね」は本物ではない鳴き声、という含みを持つ。
- 「はかる」はだます・たくらむの意で、相手の言い訳を見抜く語だ。
- 「よに」は打ち消しと結びつき「決して〜ない」を作る。
- 結論の「ゆるさじ」は許さないという強い意志を表す。
- 背景は『枕草子』136段の応酬として語られる。
- 函谷関(孟嘗君)の故事が、歌の連想の土台になっている。
- 逢坂の関は都と東国をつなぐ要所で、歌枕としても有名だ。
- 覚え方は「夜明け前→にせ鳴き→関を閉める」の三段にする。


